5月の物語 「仲間ができた。」
「うーん。いったいどうしたらいいんだろう。」
さっきから6年1組の同学年の先生が頭を抱えています。
今年の相棒は勤続32年のおばちゃん先生です。いつも、底抜けに明るくて僕ら若手をいじってはカラカラ笑っている先生なのになんだか今日は様子が違っていました。
机の上には、去年の学力テストの分析をした数字がいっぱいのプリントとその数字をグラフに表したプリントがありました。まだ,3年目の僕にとっては隣の先生が何をやっているかは,一番の関心ごとです。忘れてる仕事はないか。先を見越してやっておくべき仕事はないか。そんなことの参考に隣のベテラン先生のやっていることほど参考になることはありません。
きっとこれは大切な仕事だ。僕は去年の成績なんか見たくもないし,見たって何が変わるわけでもないし,僕のクラスのプリントも教務主任の先生に渡されましたが見てもいませんでした。(やばい、絶対しておかないといけない仕事だ。何やってるんだ。子どもたちにはあれほど,分からないことがあったり聞きなさいと言っているのに聞けない。聞いたらまたバカと思われるかも・・・こんなことも考えてないから去年あんなに学級がぐちゃぐちゃになったといわれたりして・・・・)横目で必死で岡崎先生の仕事を見ていました。
その時,僕の横目と岡崎先生の目が合ってしまいました。(うわーーーばれてるーーー)と思ったら,岡崎先生が言われました。
「これを見て。この子たちはずっと苦しんできたんだろうね。算数も国語も平均を大きく下回っているでしょ。特にこの7人にはもう一人支援の先生が付いてくれないと駄目じゃない。去年支援委員さんが張り付いてくださっていた子もいるんだけど、今年は支援がうけられそうにないんだって。分割授業をお願いしてみたけど、それも難しいと言われたし。私一人で、どうやってこの子たちの力を伸ばせばいいのよ。」
「あ,はい」
「こんなにスタートから悩む年は初めてやなぁ。」
岡崎先生は家から持ってこられた異常に硬いせんべいをバリバリ食べながら話しかけてきました。
「ん,先生も食べる?」
「あ,いえ。」
(よかった。ばれてない。)そう思いながらも,(ベテランの先生もこんな風に悩まれるんだ。)そう思いました。そしてそんな先生が僕には新鮮に見えたのです。
恐る恐る僕は言いました。
「あのう。『学び合い』ってご存知ですか?」「えつ?何、それ?聞いたことないけど。」
「ぼくもまだ、始めて2ヶ月ですけど,子どもたちが助け合って学習するんです。わかったらどんどん友達に教えるというか。わからんかったらいつでも聞いていいというか」「あー,先生のクラスでわいわいやってるあれね。」
(やばい,やっぱいそう見られてたか・・・怒られたりして・・・)
「いや,あのー,人間関係もよくなる感じで。えーと,算数とかみんなでゴールできたら,ちょっと盛り上がったり・・・」(やばい,授業で盛り上がっちゃいけないし・・・うーー何といえばいいんだ。言わなかったらよかった。・・
「本一冊読んだだけなんですけど。」
「分かった。それじゃあ,今日見に行くね。何時間目がいい?」
「え!あ!うれしいです。それじゃあ2時間目の算数を見ていただけますか。」
「いただこう!」
岡崎先生は,いつもせんべいをバリバリ食べている割には緻密な先生で,しっかりと僕のクラスの学力の低い子が誰かを調べてその子たちの動きを見られていました。
算数の授業は,いつもの感じで,課題は
1dLで4/5㎡塗れるペンキがあるとき,2/3dLで塗れる面積を求める式を考え,その式になる理由を,みんなが説明できるようになる。
「今日は,なんと6年1組の岡崎先生が,みんなの学習の様子を見に来てくれました。」
中村君が大きな口をカバみたいに開けて,「わー」と喜んで,鈴木さんも笑顔いっぱいで拍手してました。そして,甲斐君は,一層凛とした目つきで,僕を見てくれてました。
「課題は,これです。終わったら,練習問題の3番も解いて,仲間2人に説明してサインをもらったらゴールです。」
子どもたちの元気のいい笑顔いっぱいの返事が返ってきました。
「はいどうぞ。」
僕はそう言って,ちらっと岡崎先生を見ました。先生は,それまでの笑顔を一変させ真剣な目つきで,子どもたちを見てまました。
甲斐君が,15分で課題を終わらせ名前プレートをゴールした人のコーナーに張ります。あちこちで学習グループができ,残念ながら数グループは勇次と浩太みたいに学習はしてませんが,取り組んでいるふりをしていました。
でも,鈴木さんが甲斐君の説明で
「あ!わかった。」
と言いながら自分たちのグループに行き「分かったよ。あのね。聞いて。」といって説明を始めました。
岡崎先生は,その動きをずっと追われていました。
鈴木さんの説明を聞いていた真理亜たちも,
「あーなるほどね。」
「分かった。分かった。」
と言い出していました。
その時岡崎先生は,深く温かい笑顔で子どもたちを見ていました。
(伝わった。よかった。心配したけど,言ってよかった。僕は先生に教えてくださいなんて言えないのに,先生は大人だな)と思いました。
放課後に一冊の本をお貸ししました。
僕が,いつもよりちょっと早く学校につくともう岡崎先生は職員室で仕事をされていました。
「ありがとう。全部読んだよ。いいねこれ。支援の先生いなくてもやれそうやね。というか、子どもたち全員支援の先生というか。わからないこといろいろ教えてね。今年は、私、これでやってみる。」
(仲間ができた。こんな僕にも仲間ができた。仕事の盗み見しかしないで,不安で恥ずかしくて何一つ聞けない僕にも,いい先輩ができた。)
そう思えました。不思議なものでそれからは,委員会からくる報告書の書き方とか,職員会議で提案するやり方とか,なんでも岡崎先生に聞けるようになったんです。少しだけど,僕みたいなダメダメな子どもの気持ちが分かった気がしました。
(僕の『学び合い』は,これでいいんだろうか?)そんな不安も岡崎先生と話せば落ち着くんです。みんなの声が,ざわざわとしか聞こえなかった職員室でしたが,今ではここにいてもいいんだ。と思えるようになりました。
それからは,職員室で岡崎先生と話すのが楽しくてしょうがありませんでした。
「課題ってどうやってつくればいいの?」
「僕は,指導書に書いてあるのに「みんなが」と説明できるようになる。を入れたりしてます。」
「なるほどね。今日の朝ね。こんなプリント作ってみたの。どう思う。」
先生は,明らかにわくわくして仕事をされていました。そのことも,僕をわくわくさせてくれました。
こんな話をすることもありました。
「すぐに遊び出す子がいるんやけど、怒ったらいかんのかな?」
「あ、それ僕のクラスの中村君とかもありました。」
「あるよね。あれどうすればいいのかね。」
そう言って,いつものせんべいをバリバリ食べて
「あ!!わかった。みんなにどうすればいいか聞こう!」
前からこういう勝手に言って勝手に自分の質問に答える先生でしたが,なんか楽しいんです。
「友達が寄ってきたらわざと逃げだす子がいるんよ。どうしたらいいかいな?」
「そんなの,僕のクラスもあります。」
「逃げて,注目浴びたいというか・・・・」
二人では,どうしていいかわからないこともあったけどそれでも共通の子どもたちの心の話がいっぱいできて,今までの職員室ではありませんでした。
「わかってないのに、わかったといって、あとで困る子、いない?うちにはおるんやけど、どんな語りをしてる?」
毎日毎日、質問攻めの日々。そして
「あーでもない。こーでもない」と二人で話しました。
「いやー、今日は感動したよ。やりたがらない子にいろんな子が、リレーするみたいに交代交代に関わって、絶対あきらめんやったと。もう目からは涙。腕は鳥肌よ。授業中に感動して泣くことなんか、初めてやった。『学び合い』ってすごいよね。」
「今日は休み時間までいっしょに問題を解いてる子を発見したよ。
毎日子どもたちを心からほめることができるなんて。私は幸せやん。」
そんな会話を放課後職員室ですることが,僕の楽しみになっていたと思います。
5月14日
「先生、すごい、すごいんよ。あのね。」
と岡崎先生が真君の話をし始めました。岡崎先生のクラスの真君は、5年生の時僕のクラスで、支援の先生がはりついて教えられていた子でした。
学習理解は2年生くらいの力で九九の7の段もよく間違えている子でした。みんなと同じ問題に取り組むより、つまづいている九九とかひっ算とかからスタートした方がいいのかも、と思われていたそうです。
僕は,真君のお母さんとお父さんと学校に来ていただき話し合い、別のプリント課題を作ってみたりもしましたが、真くんは別のプリントをさせられるのをとっても嫌いました。
ノートや教科書を破いたり、教室を飛び出したりすることが多かった子でした。『学び合い』を初めて,飛び出すことはなくなりましたが,そのかわり、教室の中をうろうろして回るし,関わろうとして友達が寄ってくると逃げていくし。それも面白がってにこにこして逃げていくありさまでした。
岡崎先生は,静かにこんな話をされました。
「真くんね、よく見ていると、洋子と篠崎さんが近くに来ると、座って課題をやろうとするみたいなの。真くんにとって、落ち着く相手というか小さな恋ごころというか。私発見しちゃったのね。うーん。」
と頭をかきむしったり、「わからん!」と扉や壁に頭をガンガン音を立ててぶつけたりしながらも、逃げ出さないでいるんよ真くん。
私が問題を簡単にしたりたら、いやがるのに、洋子が
「「今日はこの問題をやったら終わりだよ。一番だけでいいからね。」
「この数じゃなくて、こう考えたらわかりやすくない?」
とか言ったら黙って聞いているんです。やっぱり、その子にとって相性の合うというか,心が許せる子というか,そんな相手なら落ち着いて取り組めるんだ、と感心しながら見守ってたのよ。」
岡崎先生は,終業のチャイムも気にせずに話されました。数名の先生が「お先に,失礼します。」と言われて帰って行かれました。
「何より感心したのは、真君への関わり方を子どもたちが自然にあみ出していったこと。絶妙な間で交代しながらいろんな子たちが寄り添ってくれてるの。真君の居場所が確かにここにある、そう感じてみんなを見てたのよ。今日。」
「いい話ですね。岡崎先生。」
「そうね,それでね。真君に関わってくれている、愛さんているでしょ。階段を下りながら愛さんが友だちに話していたんよ。「今日、真くんがね、『あ、わかった。』って言ってくれたったい。その時ものすごくうれしかった。うちね、だれかがわかってうれしくなったことって初めてやったと。」って。」
私ね,偶然愛さんの少し後ろにいて、その話を聞いたのよ。うれしくなって、階段を駆け下りて愛さんの前に回わって、両手で手を握って,その手をぶんぶんふって
「ありがとう、愛さん。きっと真君はうれしかったと思うよ。真君の喜びを自分の喜びにできる愛さんって、素敵だね。」
って言ったの。真君がいてくれたから、愛さんはだれかのために動くことの喜びを知ったんだよね。
一人一人に大事な役割があるんやね。今までだって、子どもたちにそう語ってきたけど、どこか建前っぽかった。『学び合い』が私たちみんなに、一緒に幸せになる方法を教えてくれてるよね。」
そう言われました。
もう,冷えたコーヒーを飲みほして。ハンカチで涙を拭かれました。
5月26日
校庭のアジサイもつぼみをつけ始めました。
クラスは順調といえば順調で,でもやっぱり数名が勉強に向かっていないし,はじめのころ毎日のように変化を見せてくれたクラスも,なんか停滞しているというか,何をどうすればいいのかわからないでいました。
「岡崎先生,最近なんか感じるんですよ。うまくいっているようで何かがおかしい、何かが違うと思えるのです。」
「どんなことなの?」
「課題ができたら、子どもたちは名前プレートを黒板に貼るでしょ。時間内に全員ゴールするんですけど,「じゃあ、みんなが本当にできるようなったかどうか、たしかめ問題をするよ」といってその日の学習の評価テストをすると、できていない子が7~8名いるんです。」
「あー、うちもあるわね。」
「で,次の時間は、全員ができるようになることをめざすよ。君たちならきっとできる」、そう語って学習を終わって。」
「うんうん」
「でも、やっぱり次の日も同じようなことになってるんです。」
「なるほどね。うちのクラスは,全員できたりできなかったりかな?」
「僕も,「『学び合い』を始めたばかりだから、仕方ないのかなあ。1か月で結果が出ると西川先生も書いているのでしばらくまってみるか」とか思って、今日も子どもたちを見てたんですけど。」
「それで?」
「子どもたちの様子をなんかぼんやり見てたら,同じ子たちが、昨日も一緒,今日も一緒って感じで。」
「本に書いてあった、多様な人との関わり。」ができてないのね。」
「そうなんです。それとかですね。一人で問題を解いている子がいたり。」
「そんな子がいてもいいんじゃない。」
「でも,ノートを覗き込むと何も書いてなかったりするんですよ。」
「それは,困ったね。」
「「一人だけで考えなくてもいいんだよ。」とか,「分からないところは友だちに聞いてごらん」と何度か声をかけましたんですけど,動かんとですねよ。」
「そりゃイライラするね。」
「そうなんです。でつい,大声出して「なんで、友だちに聞かんとや。みんなができるようになることをめざすって言いよろうが」とか言ってしまって。」
岡崎先生は,せんべいを食べるのをやめて話されました。
「それってさ,「ここ、どうすると?」と友だちに聞いた時、「そんなことも、わからんとね」と言われた経験があるんじゃないの。」
ドキッとして,黙っていると。
「何度も、何度も。そんな経験を繰り返すたびに、友だちに尋ねるのが怖くなったんじゃないかな?どう尋ねればいいのか分からなくなったとか。」
それは今までの,僕の職員室の姿そのものでした。
一見、活発に見えた教室の中に、どうしていいか分からずに困っている友だちがいる。そんな友だちに気づかず、いやきっと気づいてはいるが何もしようとはせず、自分たちの心地よさだけを求めて楽しく?仲のよい友だちだけで学習しているグループがある。
「この姿は、『一人も見捨てない』姿じゃない。『みんなでみんなができるようになること』をめざした学習」なんかじゃない、そう思うと無性に悲しく思えてきました。
「なんか,子どもたちに話さないけんですよね。」
「みんなに正直に話してみたら。私は,悩んだこと子どもたちに正直に話せるようになったよ。」
昨日職員室で岡崎先生と話してやっぱり思っていることを正直に話した方がいい。という思いになりました。あの本には「語り」と書いてあったと思います。僕も,僕なりに考え「語り」をしました。
この日の確かめ問題もやはり全員が合格しませんでした。昨日よりできていない子の数が増えていました。
授業の最後もしまりのないもので,子どもたちはだらだらと席に戻りました。そして,数名の子どもたちはへらへらと笑いながら席につきました。
怒るのか・諭すのか・説教するのか・説明するのか・どんな口調で,どんな顔で,どんな姿勢で,・・・・・・・
頭の中で考えているうちに教室は静まり返っていました。
2,3人の子が椅子を引く音が聞こえました。姿勢をただし私を見てくれています。
「どうして,全員達成ができないんですか?」
そう静かに子どもたちに聞きました。
「わからないのに、自分から友だちに聞かない人がいるからです。」
「仲のいい人とばかりで学習して、本気で分かろうとしていない人がいるからです。」
そんな風に数名の子が勇気を持って発表しました。でも僕には、「できない人が悪い」というように、聞こえました。
「たしかに、そうだ。君たちの言うとおりです。だけど、みんなはそんな人たちにどれだけ関わりましたか?」と尋ねました。
「先生、声かけました。でも、『よか、一人でする』って言いよるやん」
「わたしも、『なかよし3人組でいつもやらんで、他の友だちと一緒にやったら。分かるようにならんよ』と言いました。だけど、言うこときいてくれんちゃもん」
こんな声が返ってきました。
僕は,黒板に「誰一人見捨てない。」と書きました。チョークが折れ,汚い大きな字でした。
「そんな人がいたことは先生も知っています。だけど、その後どうした?1回声をかけただけでやめていませんか。『学び合い』は、自分が学習したい友だちと自由に学習することができます。だけど、それは『みんながみんなでできるようになる』ためです。『みんなが幸せになる』ためです。自分だけが楽しくてもだめなんです。自分だけができるようになるのではだめなんです。分からない人がいるのに、放っておくのですか。そして、自分と仲のいい友だちとだけで学習を進めるのですか。仲のいい友だちと学習するのですから、それは楽しいでしょう。でも、それだけでいいのですか?今が楽しければ、分かるようにならなくてもいいのですか?みんながやっているのは、『学び合い』じゃない。単なる「仲よし学習」だ。それじゃあ、いくら時間をとってもみんなが分かるようになんかならないだろうが。みんながみんなで分かるようになろうとしていない仲間が同じ学級いるのに、それを放っておいて、みんなはそれで平気なんか!先生はそれが悲しい!」
これが,僕の初めての「語り」でした。
そして,5月の最後の木曜日のことです。僕の語りは良かったのか悪かったのかわかりません。でも,男子と女子も徐々に学び合うようになり,
特に中村君と秋吉さんの関係は深い関係になっていました。
深いというか,中村君は,秋吉さんに甘えきっているようにも見えました。
「ねえ、教えてよ」と中村くんが言っていました。
「え、どこがわからないの」と秋吉さんが答えてます。
「まだ、問題も映してないじゃない。」
こんな会話がずっと続いていました。
「だから今日のは分母が違うでしょう分母を合わせないとう足し算できないの、」
「だからどうしてかわかんないんだよ。」
「あのね」と言いながら秋吉ケーキの絵を描き始めます。
「中村くんケーキ好きだったよね。」
「うん,大好きだけど。」
「だからね4つにわったケーキの1つ分と3つに割ったケーキの2つ分を足す問題なわけよ。」
「ケーキ4つに分けた1つ分何か食べるわけないじゃん。」
「だけどそれをケーキにしたらこうなるわけ。」
「なんか変な話だな。」
中村君はだんだんと秋吉さんと勉強するのが楽しくなり毎日毎日こうやって勉強していたんです。私は最初はそんな2人をこともほほえましく見ていました。だけど日に日に中村くん秋吉さんに甘えというかそうやって仲間に甘えることを初めて覚えた彼がどんどんエスカレートして甘えていくようになりました。
中村くんが言いました。
「ねえ、教えてようわからない。わからないんだもん。」
そう言いながら中村くん秋吉さんの方に机をずらすのでした。その時秋吉さんは少し怒ってみえました。そして秋吉さん机をいきなり前に向け中村くんの机をいきなり前に向けたんです。「いい加減にして。自分でできるようになったでしょう。もう昔の中村くんじゃないんだから。」秋吉さんが怒る姿を初めて見ました。
中村くんは,初めて怒られたようでびっくりした様子でした。 周りの子供たちもその様子を見てびっくりしていました。一瞬教室が静かになり少し時間がたちまたあちこちで『学び合い』が始まり,そんな様子を見た中村君は自分ひとりで問題に取り組もうとし始めていました。いろんな子が時々中村くんの勉強の様子を見て、少しだけアドバイスをしていました。
ものすごい緊張感が教室を包んでいました。
去年まで誰とも話さなかった秋吉さんがあんなにみんなを助けみんなの中でみんなとつながり勉強していたのに,今日は一人きりでしています。時間は後5分というところになりました。だけど中村くんは,まだたくさん問題を残しています。周りの子どもたちも全員が達成するためにはどうしたらいいかを考えはじめました。秋吉さんは相変わらず中村君には教えようとはしない様子でした。いつの間にかいろんな子が秋吉さんに教わりいつもよりペースは早いようにも思えました。中村君は,鉛筆を握りしめ,時々教えに来る仲間の話を真剣に聞きます。「何とかゴールしたい。なんとか全員ゴールさせたい。」そんな気持ちがクラスにありました。
どうしてもわからない約分の意味を説明してもらいわかった時中村君は照れながら小声で
「ありがとう。」
と言いました。
そしてあと30秒というところで中村は,最後の問題を解き終わりました。すぐに,甲斐君赤鉛筆で丸をしてサインをします。名前プレートの近くにいた鈴木さんがゴールを張ろうとします。
「待って,中村君が張らないと!」
大坪くんの投げた名前プレートが中村君の方に飛んでいきます。中村君の通り道がすっとでき,みんなの中を走って名前プレートをゴールに張りました。
みんなでまたあの時のような大きな拍手が起こったのです。
秋吉さんは,中村くんのところに初めて近づいていきました。
「できるじゃない。もう1人でできるじゃない。」
そういいながら秋吉さんも泣いていました。
雨のやんだ教室の窓を開けながら思いました。
「誰一人見捨てない」それは,やる気のない人も見捨てないということなんですね。それを君らから学びました。
窓から,夏の始まりのさわやかな風がみんなの教室に届いていました。