4月の物語
『学び合い』を初めて二週間目。
へとへとになって真っ暗な時間に帰っていた僕でしたが,日も少し長くなり西の空に夕焼けが見える時間に帰れるようになりました。運動場では,地域の方が教える少年野球の練習もあっています。車のドアを開けた時遠くから聞きなれた声が聞こえてきました。
「ソーオエー」中村浩太の声です。授業中には,時々居眠りしていて,発表など一度もしない中村が,大きな声を出していました。夕暮れの空と団地の明かりが見え始める運動場を少しの時間僕は見つめていました。
授業中にはほとんど声を聴かない中村が,練習の最後のメニューのベースランニングをやっていました。キャプテンと共に大きな声でチームを引っ張っていました。僕は,車をゆっくりと走らせ家に帰りました。
スタートブックを読んで課題づくりも何となくわかってきました。
スタートブックにはこんな風に書いてあります。
目標設定のポイント
算数では
「教科書の2~6ページをやり,みんなでみんなが,1/100位までの小数の表し方,読み方を説明することができる。」
「なるほど,子どもがみんな○○が説明できるようになればいいんだ。」
まだまだ,書いてある通りの全員がうろうろする『学び合い』は怖くて,班でやらせたり,ペアでやらせたりでした。でも目の前の子どもたちは,去年より楽しそうに勉強しているので,「これでいいのかも。」とも思っていました。昨日は校長先生が3分もぼくの教室の前で立ち止まり,みんなの様子を見ておられました。「校長先生は,これをどう見ていたんだろう。何か聞かれたらどう説明すればいいんだろう。去年の僕のことがあるから心配で見ているんだろうか。」そんなことを内心考えながらの毎日でした。それでも,子どもたちは楽しそうに学習をしている子が増えていると思えました。だから今日は,社会科でもやってみようとめあてを考えてきました。
「米作りが始まった時代にどうして争いが激しくなったかをみんなが説明できるようになろう。」
こんな課題でいいのだろうかと思いながら数問の小さな問題と一緒に出しました。はじめたころには気が付かなかったけど,勇次や中村や数名の男子はやっていないことに気が付きました。ちらちらとこちらを見る勇次と中村。ざわざわと課題に取り組む子どもたちの中で,二人はすっと浮いて見えました。近くに行くと,さっと教科書でノートを隠します。そして,中村はニヤニヤしながら僕を見ていました。またしばらくして、二人を見ると、たぶんだけどノートに落書きをしていました。「やはり、こんな方法じゃ,勉強するわけないのか。」そうあきらめの気持ちもわいてきました。そうだ、こんなことも書いてあったなと思い出したのは「立ち歩きの推奨」です。
立ち歩き
「わからない」を推奨
「わからない」が言える教室に 「わからない」が言えるのはすごいこと!
一人でわけのわからない『学び合い』に取り組んでるんだから,「なんでもいい,やるだけやってみよう。」そんな気持ちで大きな声で言いました。
「みんな,もっと立ち歩いていいんだよ。どんんどんわからないこと聞いてまわていいんだよ。」
それを聞いて中村は勇次から離れうろうろし始めました。もともと落ち着きのない方で授業中に座っていること自体が嫌だったのでしょう。ちょっと嬉しそうに色々な人のところに行って話し始めました。中村はちょっとふざけた口調で人気者の鈴木さんに聞きました。
「ねえ,鈴木さん、この人骨にささった矢じりってさ,おしりにささったの?」
「どうして?」
「しりってかいてあるし。矢がしりにささったんじゃねーの。」
鈴木さんたち女子が大笑いしてます。「これさ,矢の先についてる三角のとがったのを矢じりっていうんだよ。」
「マジで、ほら写真にあるじゃん。」
「えーーこの石みたいなのの三角のやつ。」
「そう、それが矢じり。」
「まじで。」そんなわけのわからない会話に頭のいい大坪が入ってきます。「この骨の形,たぶん骨盤だよ。」
中村が聞き返しました。「こつばんってなんなん?」
「ここの骨。」そう言って大坪君自分の腰を指さします。
「まじで、鈴木やっぱりけつじゃん。矢じりがしりにずこーーん。」おしりに矢が刺さるまねを中村がして,みんなが笑っています。
そんな楽しそうな子どもたちでしたが私は目線の端でずっと勇次たちを気にしていました。もともと真面目に勉強するほうじゃない中村が,矢じりがわかってうれしかったのでしょう。「ねえねえ,やじりの問題わかるか?俺わかるぞ,教えようか」と言って回っていました。そして、中村が落書きを続けていた勇次に気が付きます。「おまえら,やんねーの。教えるよ。」
その一言で勇次は勉強を始めたんです。中村は、自分のわかったことがうれしくて教えたくてしょうがなかったようです。わからないことがあると鈴木さんに聞きに行ってまた戻ってきます。「で,ほら米作ってここの家みたいのに貯めるわけよ。」
「うん、」
「でさ、ここにいっぱい米あってさ、お前腹減ったらどうする。」
「そりゃ盗みにいくだろ。」
「だろ、だからほらここに柵があんじゃん。」
「おお!なるほどね。」
「 なんだこのガラの悪い説明は、」私は思いましたが,彼がこんなに面白そうに勉強をしているのは初めて見ました。
数日後こんなこともありました。
去年までおとなしくて誰とも話なんかできなかった大坪海君でしたがここ最近は,いろんな人に社会や算数などを教えてくれるようになっていました。でも,みんながうまくいっているわけではありませんでした。算数を特に苦手にしていた勇次は,少しはするようになったのですが算数の時はあまりいい感じではありませんでした。勇次は,授業中私が黒板に何か書いている時に,周りの子どもたちにちょっかいを出すのが生きがいでした。
そんな勇次は,勉強もできないし,勉強道具もちゃんとそろってないし,周りにバカにされる前に,自分が周りに怖がられていないと不安なんだと思います。誰かにちょっかいを出し,消しゴムをとったり,背中に鉛筆さしたり,そして注意すれば教室を飛び出していく,の繰り返しです。『学び合い』が始まっても,はじめは,大した変化はありませんでした。
「めがね,貸せ」そう言って勇次は,大坪君の眼鏡をとって自分でかけ,「真面目君でーす。」といいながら遊んでいました。大坪君も,「やめろ」といえばいいのに言えないのです。
悩みは,絶えません。でも,なんとなく「これでも去年よりはましか。」とも思っていました。そんなことをみんなが帰った教室で考えていたら,大切なことを思い出したのです。
昨日教務主任の先生に「学級訓が書かれていないので4月中に決めてください。」といわれたことを。まだ,私の心の中では,本気の何か,確かな何かを持てたわけではありませんでした。でも,こうやって学校は進んで行くもんだとも思っていたと思いました。
次の日の一時間目,僕は、こう切り出しました。
「みんな、1年後にはこの学校を卒業するよね。その時って、どんなクラスになっていたい?みんなは、この学校では先生より先輩だから、お互いのことは先生よりもよく知っているよね。もしかしたら、このクラスには自分の嫌いな人もいるかもしれんね。」
子どもたちは、まだまだ、僕のことを探っていました。「うん」と頷けば良いのか、面白く冗談を言えばいいのか、どう反応したらいいのかよく分からない顔をしています。僕は構わず続けました。
「例えば、サッカーで「きらいな奴だから」という理由で、パスをしないようなチームは、良いチームといえるだろうか。クラスだって、チームだと思う。たとえ嫌いな人がいたとしても、ゴールに向かって、一人一人が行動できるのが良いクラスなんだ。2週間後に、このクラスの目標を作りたいと思います。2週間、このクラスで生活しながら、どんなゴールが良いか考えてみてください。」
子どもたちの顔をろくに見もせず、自分の伝えたいことを言い切っていました。そして、子どもたちの反応を恐る恐る覗ってみると・・・
「ゴール!何がいいかな。」
と、目を輝かせる鈴木さん。
「うぇ、めんどくさ。」
と、真理亜は友達と顔を見合わせていました。
そこへ、
「は?なんでチームにならないかんと?」
勇次の一言で、教室が一気にざわっとなる。
今日、初めてのざわざわっとした感じに、僕の不安は増すばかり。
「と、とにかく!新しいクラスがスタートしたんだ。ゴールをつくるまで,3日間しっかり考えてください。」そう言い切って,学級会は終わりました。
(これでいいのだろうか・・・)僕は,一日中考えていたと思います。
3日目の金曜日
3日前に、本気の語りをして以来、子どもたちの様子が少し変わっていました。大坪君は,しっかりと僕を見て話しを聞いてくれます。前から姿勢のいい子でしたがなんか魂が入った聞き方になったような気がしました。鈴木さんも僕が本気で話すと目がキラキラして見えます。そして,中村君が一番変わったと思いました。中村君は,僕が話し始めると身を乗り出し,「うんうん」とうなずいたいたんです。
僕は,そんな学級の変化に少しだけ自信を持ってゆっくりと話し始めました。
「今日は、クラスのゴールを決める日だったよね。じゃあ、机と椅子を後ろに下げよっか。」
子どもたちには「何で?」というムードも漂っていました。
しかし、中村君は,どんどん机を運びます。鈴木さんも女子に声をかけてくれていました。机が全部後ろに行き何となくガランとして教室の真ん中に僕は,ドンと腰を下ろしました。
「よし、みんなも円くなって座って。」
みんなは,場所を気にしながらだんだんと輪になって座ってくれました。
ゆっくり息を吸い僕は話し始めました。
「みんな、始業式から2週間、『学び合い』を始めてから、1週間が経ったけど、めざすゴールはできましたか?今からそのゴールを決めるけど、ゴールを決めることは、すごく大事なことだと思っています。今日は、一人一人の意見を全員が顔をちゃんと見て聞けるようにしたいから円くなって座ってもらったんだけど、いいかな?」
「はい」中村君や大坪君の声がしっかりと返事を返してくれました。
「はい」
「じゃあ,このマジックがマイクね。」
クスクスと笑う子もいました。
「順番に自分の考えたことを言っていってください。」
まず中村君が言いました。
「あれだね。楽しいのがいいね。えーとみんなが楽しいクラスかな。」
大坪君が言います。
「一年後,どんなクラスになっていたいかだから,みんなが笑顔で卒業するクラス。」
「みんなが立派になってお父さんお母さんにほめられるクラスで卒業する。」
「やさしくて,・・・」
「面白くて,みんな男女仲良く・・・」
勇次の番になった。一時沈黙し,パスしてしまった。
いつも昼休み図書室で一人で本を読んでいる涼子が言います。
「いじめがなくて楽しい気持ちで卒業したい。」
真理亜の番になりました。
「みんな楽しい笑顔で卒業。」
あまり考えて言っていると思えない感じです。
鈴木の番です。
「私は、みんなで福岡市一番のクラスになって卒業したいです。」
「何それ」と何人かが言います。
全員が言い終わり僕は,じっくり考えました。
それは,『学び合い』の一番大事なあのことばです。
「誰一人見捨てない」
「みんなが多く言ってくれた言葉に「みんな」という言葉があるね。それ大事だと先生も思っています。だから,「誰一人見捨てないクラス」,つまり「誰一人見捨てない心で福岡市一のクラスになって卒業しよう。」としたらいいのかなと思いました。」
僕がそういって,会は終わりました。きっとこの時僕も,そして6年2組のみんなも「誰一人見捨てない。」の本当の意味をわかっていなかったように思います。
次の日の授業でこんなことがありました。
学級訓を掲げたからってそう簡単に子どもたちが変わるわけではありませんでした。相変わらず勇次と中村は勉強したりしなかったり。真理亜とその取り巻きもこそこそ話しをしています。(これが,誰一人見捨てないクラスか?全然だめだ。)そんなことを思いながら赤い本に書かれていた言葉を思い出しました。
教師のすべきことは「可視化」
クラスの中の,
「上手に教えたり,頑張っている子たちを「可視化」しほめなさい。」
でも,こんな状態のクラスで僕は,どうしても勇次に目が行ってしまいました。大坪くんはきっと眼鏡をとられて傷ついている。これを見過ごしていいのか。そんな自問自答を繰り返すのがつらくて,とてもほかの子どもたちをほめる気持ちにはなれませんでした。しかも,早くできた子は我先にと名前プレートを黒板の上から張りたがっていました。
きっと,「自分の方が上だ。」と言いたいんだと思いました。こんな序列を作るために僕はやっていないのに・・・・・
「僕に,子どもをほめることなんかできないかも・・・」そんなことを思ってしまいぼんやりクラスのみんなを見ていました。
その時です。『学び合い』を始めて,勉強が好きになったと日記に書いていた鈴木さんが,僕をつつくんです。「先生見て,涼子できたよ。ほら,約数わかったって、ね,すごいでしょ。」と満面の笑みで僕に言ってくれたんです。涼子さんは,おとなしい子で,算数はとても苦手で,でもここにいる涼子さんは,にこにこ笑って算数やってて,しかもクラスで一番活発な鈴木さんと仲良く学習をしているんです。僕は,「すごいねー,すごいなー」と言いながら涼子さんの頭をなでて「ありがとうね」といいながら鈴木さんの頭もなでました。ふと,横を見ると,吉田君も一生懸命聞いてる。「だから,どうして36じゃだめなん?」「だから,18だったら・・・」とやっているんです。僕は,クラスの変化に気が付いていませんでした。勇次たちのことが気になって,こんなに頑張れるようになったみんなに気が付いてなかったんです。「みんなすごいぞ。お前たちすごいぞ。」そう言ってクラスを見渡しました。ダメなところも山ほどある。でも,確実に変わってきている。目頭が熱くなって,「きっといいクラスになる。」そう思えました。ふと勇次を見たら眼鏡をすまなそうに大坪くんに返していました。
勇次は,照れくさそうに言っていたんです。
「おい,俺にも教えろ。」
僕は,もう涙を止めることができませんでした。声をかけてはいけないと思い,じっと二人を見ていました。
「うん,うん、」という勇次の声、
そのうちに課題の終わった子たちが集まってきたんです。きっと勇次が勉強しないことをどこかで心配し,何とかしないといけないとみんな思ってくれていたんです。
「じゃあ,勇次こうなったときは・・・・」
「そうか、おお!俺わかった。」
吉田君や中村君やそんな悪そうたちがハイタッチしていました。
鈴木さんが僕に気が付いて
「先生泣いてるよ。」と言われてしまいました。
僕は,言いました。
「ああ、泣いてます。お前たちが素敵すぎて。ありがとう,大坪ありがとうみんな,勇次,鈴木,みんなありがとう。」
みんな,みんなでやるこの『学び合い』で誰一人見捨てないをめざしてくれていたんです。それは,いたずらばかりしていた勇次も誰一人の中の一人だったのです。そう感じました。
みんなの笑顔の先には4階まで伸びた桜の木の葉が青々と風に揺れていました。
これが,4月のお話です。