「うぃー 寒くなったね。」
「西山先生そりゃその格好じゃ寒いでしょ。」
「服がないのよ。ははは、」
まだ6時なのに外は真っ暗でした。
西山先生は,いつも教室におられてみんなが帰って職員室の人数が少なくなったころ下りてこられコーヒーをじっくりとたてられてから帰られます。静かになった職員室にミルの音が響きました。
「大谷ちゃんは,ようがんばるね。」
「いえ、来週研究授業ですから。」
「あら、まだ終わっとらんかったったいね。そりゃ楽しみやね。あのなんか言いよった『学び合い』とかいうのやるんちゃろ。」
「え、・・・・でもちょっと迷ってます。」
「なんで?」
「え?なんか校長先生とか何にも言われないし,いいねって言っていただける先生もおられますけど,なにあれって言われてる気もするしですね。」
「おい、どうぞ。」
西山先生が僕にもコーヒーを入れてくれていました。
「ありがとうございます。」
「うまいです。」
「静かーな湖あるだろ。そこに、石をぽーんって入れるわけよ。そしたら、ぽちゃんってその音が静かな森に届いてん、それから波紋がさーーって広がっていくんよ。そういうの美しいと思わんね。」
「・・・はい。」
「なら、やりな。期待しとるばい。」
「いってー」
力いっぱい肩をたたかれて西山先生は、帰って行かれた。
「今のコーヒーは僕のためだけに入れていただいたんだ。」
「ありがとうございます。」
書きかけの当日の指導案を全部やめました。
僕は,本音でやろうと決めました。
6年生理科 「てこのはたらき」
「よし,本当の6年2組を先生方に見ていただこう。校長先生にも本音で指導していただこう。」
『学び合い』とは、・・・・・
しかし,明後日が指導に来ていただく教頭先生との事前指導の日でした。不思議です。あれほど悩んで,文が出てこなかった指導案だったのに『学び合い』で行こうと決めてからどんどん書けました。
どんどん進んだのでは本当は違って,時間を忘れて書けたというのが本当でした。集中しているといつの間にか職員室の電気は僕の上だけにともっていました。
静かな職員室に電話がなりました。
「お待たせしました。大谷でございます。」
「警備会社のものですが,11時になりましたので,警備センサーがまだ作動していないので確認をさせていただいております。」
「あ、11時ですね。すみませんお手数おかけします。」
「お帰りの際は,警備のスイッチをよろしくお願いします。お疲れ様です。」
「はい、ありがとうございました。」
僕は,12時を回ったところ学校を出ました。不思議に全く疲れてませんでした。空には,星をたくさんでていました。たぶん新月の夜でした。
「こんにちは、八幡です。はじめまして。」
指導に来られた教頭先生は私のような若造に丁寧にごあいさつされました。
「はじめまして,大谷です。よろしくご指導お願いします。」
広々とした放課後の会議室で指導をしていただきました。時々ストーブの上に載ったやかんがチンチンと音を立てていました。
「なるほどですね。この指導案の説明し合うという所を詳しく知りたいですね。」
「はい,僕はみんなが説明できるようになることをめあてにしました。それで,実験の結果だけからではなかなか分からない子供もいると思って,そんな時は友達に聞いてもいいことにして学習してきています。」
「知的好奇心を誘発するような,既存のイメージとのずれを生じさせる現象とかは出さないんですね。
「はい,」
「既習内容の整理と本時とのつながりを押さえる指導は?」
「たぶん,必要なら仲間がしてくれると思います。」
「ほー、自己解決ではなくて,すぐに友達に答えを聞いてしまう子はいないですかね。」
「はい,はじめは確かにそんな場面もありましたが,何度も何度も子どもたちにみんなが本当に分かってほしい。みんなでみんなが分かるようになってほしい。一人も見捨てないクラスになってほしい。と語り続けたら,簡単に人に答えを教えてもらったりしなくなって,わかるまで聞くようになったんです。」
「それは,素晴らしいですね。ぜひ,そんな姿が表れる授業にしてください。これからの授業のあり方としてもいいと思いますよ。この,子供同士の説明の中にきっと理科の見方・考え方がたくさん出てきます。それを先生はしっかりと見とってあげてください。」
「はい,」
それから実験器具の精度を上げるために台に固定する方法を修正していただいたり,実験中の作業分担についてご指導いただいたりしました。
帰りの際に校長室までご案内しました。
「八幡教頭お世話になりますね。」
「校長先生もご専門が理科だから恐縮しております。」
「当日もよろしくお願いします。」
そんな会話をされて帰って行かれました。
まだ,学校長には何もアドバイスをいただけていませんでした。内心無視されているようでもあり,不気味だったというのが本音でした。そしてとうとう当日がやってきました。
「先生、緊張してきた~。」給食のパンを食べながら勇次が言います。
「でも何か楽しいちゃんね。『学び合い』見てもらえるんだから宣伝せんといかんもんね。」大坪くんが言います。
「きっと大丈夫ですよ。いつものみんなが見せれたら先生はそれでいいと思ってるから。」
実験器具の並んだ理科室の後ろには先生方の椅子が入っています。校内の先生全員がクリップボードに僕の書いた指導案を挟んで,僕らのことを見守っていました。
中村くんが元気よくはじめのあいさつをしました。
「はい,今日のめあてです。」
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てこがつりあう決まりを,4つ以上の実験結果をもとに全員が説明できるようになろう。
支点,うでのながさ,重りのおもさという言葉を必ず使うこと。
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プリントには,実験結果を記録できるようにてこの図と表をいれ,その下に説明の枠をいれ,友達が納得したらサインを入れる場所も作りました。
「この前,鉄棒のところで砂袋を上げる実験しましたね。みんなが,すごい。とか,本当だとか驚いているのを見て,先生はとっても嬉しかったです。で,今日はこのてこがどんな時につり合うかを発見してください。
いつものみんなの「みんなで,みんなができるようになる姿を,先生方に見ていただけたらなと思っています。いいですか。」
「はい」
さっきまでの緊張はいつの間にかなくなっていました。そして,柔らかい笑顔の並ぶこのクラスを見ていただくことのうれしさを感じていました。
僕は,こころを込めて言いました。
「はい,どうぞ。」
静かに実験が始まります。
「ねえ,重り1個だったらこうだよね。」
「当たり前やん、シーソーと一緒でしょ。」
鈴木さんと勇次が話しています。
「あれ、あれ見て、」
勇次が真理亜さんのグループを見て言いました。
勇次は,すぐにそのグループに行って一緒に実験をはじめます。
一緒のグループにいたいつもは目立たない洋子が勇次に説明し始めました。
「だからこっちに3個つけたら反対のこっちには腕の長さを長くして・・・・」
「ほら、」
「え、じゃあ4個つけたらもう一つこっち?」
「やってみようか」
勇次は鈴木のグループに戻ってきます。
「分かったぞ!ここに4個つけるじゃん・・・」
「じゃあ、こことここにつけたら?」
甲斐君がホワイトボードを持って寄ってきて説明をはじめます。
「この支点からの距離があるでしょ。で重りの数を掛けたら・・・」
「えーマジで?」
「すげー、発見だ!!みんな見てよ!!!」
学級の半分ぐらいが集まって来ます。
『学び合い』が始まって25分が過ぎたころあちこちで
「分かったー!」
という声が出ていました。
涼子は圭君に分かったことをゆっくりゆっくり教えます。
圭君は覚えることはだいぶ得意になってきましたがこういった学習は苦手でした。それでも涼子の説明を全部覚えるように何度も繰り返し,言い間違えながら言っていました。
不思議です。先生方は研究授業では,厳しい顔になり,子どもたちの発言をメモしながら,しかめっ面になったり,考え込んだ厳しい顔になったりするもんだと思っていたんですが,ふと先生方の顔を見てびっくりしました。多くの先生方がメモを取ることすらやめて子どもたちのつぶやきに「うんうん」とうなずき,笑顔になっていったのです。
もう,僕のクラスでは最後の確かめやミニテストをする必要はありませんでした。なぜなら,そんなことしなくても精いっぱいみんなは本当に分かるといいうことに向き合っていたからです。そして,そんな時間を取るくらいなら,一秒でも長く『学び合い』をさせてあげた方が「みんな」を達成できるとみんなが思っていたからです。
でも,せっかくこんなに多くの先生が来ていただけるのだからと考え最後にくじで一人の子に説明をしてもらうことにしていました。2学期はじめまでは,こんな方法で最後の確かめをすることも多かったので,みんなも慣れているから大丈夫だろうと思っていました。
『学び合い』に設定した残り3分という所で全員達成し,名前プレートもみんなゴールの方に動いていました。静かに初めの席についたみんなに言いました。
「みんな,よく学び合えていました。では一人に発表してもらいます。」
僕はペットボトルに入った全員の名前の付いた割り箸を勢いよく振りました。
「ガラガラガラガラ・・・・」
出てきた一本の名前は「浩太」一瞬もしかしたらと僕は思ってしまいました。だけど浩太は,前にゆっくりと出てきて説明をはじめます。
「ここに重りを一つ置くと支点からの腕の長さが4なので,反対のこの場所に2つ置くとつり合います。それからここに2つここに3つの場合は,全部で5だけど・・・・・」
浩太は,学校中の有名人でした。昨年までよく職員室で話題になった子でした。そんな浩太を知らない先生はいませんし,よく思っていない先生も少なくなりませんでした。そんな目で見られ,浩太は,一生懸命分かったことを説明しました。しかし、この複数の場所に重りを置く実験の説明で止まってしまいました。
よそを見ていた先生方も,そしてクラスみんなが浩太をじっと見ました。
「やっぱり浩太じゃね。」とか「こんな学習じゃ」とか思われている先生もいたかもしれません。固まってしまった時間に吉田がすっと立ち上がり前に出ていきました。
「そういえば浩太は吉田と一緒にやっていた。」そう思い見ていました。
吉田は,小声で「ここ」といい,重りと支点を指さしました。
「あっそうか」浩太は自信満々にまた説明をはじめました。説明が終わりみんなをしっかりと向く二人がいました。
「できた。できたよね。僕もできたよ。」圭君が無邪気に言いました。
一瞬静かになった教室に大きな拍手が湧きました。
これが,はじめての『学び合い』の授業研究でした。
協議会では,課題の設定のことやどうして「ヒントなどを出さないのか」などいくつかの質問がありましたが,僕なりに答えたつもりですがうまく言えた自信はありませんでした。低学年の先生方から僕が「前もって困っている子がいたら手伝ってあげろ」と言ったのか?という質問をいただきました。
僕は「そのような声かけはしていないです。一人一人の「一人も見捨てない」という考えを持ち、自分で考えて動いてくれたんだと思います。」と答えました。
そして協議会の最後に東区の八幡教頭先生からの指導助言がありました。
いくつかの,子どものつぶやきに価値づけをしていただき最後にこう言われました。
「大谷先生,研究テーマは「言語活動のあり方」とありますが,先生が本当に目指しているのはなんですか。」そう静かに質問されました。
指導を受ける協議会の会場はシーンと静まり返り,西日の差し込むその部屋で場違いなチャイムが鳴りました。
僕は,いったい何を言えばいいのか考えていました。考えて考えて,でも思わず言っていました。
「皆さんに見ていただいた授業が終わって,・・・・・授業が終わって,勇次君が僕のところに来て「先生,僕分かったよ。」って言ってくれました。真理亜さんも来て「先生,一問テストできたでしょ。先生たち見てくれたかな?」って言ってました。」
「半年前まで,悪態ついてたあの子が,勉強をあきらめてたあの子たちがそんな風に言ってくれました。僕は,見捨てない,誰一人見捨てないで話し合う彼らの姿に,感動します。教頭先生のお答えになっていないと思いますが,・・・・すみません。」
「分かりました。いい授業でした。大谷先生お疲れさまでした。子どもたちにもとてもいい「学習だったよ」と伝えくてださい。」
玄関で指導に来ていただいた八幡教頭を学校の全員で見送りました。
「お世話になりました。私もとてもいい勉強をさせていただきました。」
みんなが一礼したあと、教頭先生は「あっちょっと大谷先生この荷物を車までいいですか?」と言われたので大きなカバンを持って車までお送りしました。
「大谷先生,校長先生が期待してると言われてましたよ。学校がね、あなたたちの学年のおかげで温かくなってきたって。」
「はい、・・・」
「校長先生は,君らのことをしっかり見られてますね。さすがです。」
「はい,」
これが,12月の物語です。