9月の物語 彼岸花
2学期に入って,1学期まで特別支援学級にいた圭くんがうちのクラスに入ることになりました。後ろの戸か閉まってないといやとか,体育で無理やりやらされるのがとても嫌いだとか,うまくみんなとコミュニケーションができないとか,突然電車の絵を永遠と描きだすとか,いろいろあるけどそれなりにみんなも上手に関わってくれました。そして,あの勇次もやっと勉強に興味を持っているように見えるようになったし,最近では気の合う女の子に自分から説明をしに行ったりもするんです。
朝,いつも車を止める場所に工事の車両が止まっていたので学校の裏の駐車場に止めました。裏にはこんもりと茂った土手があり虫なんかが好きな子どもたちのいい遊び場になっていました。まだ子供たちは誰も登校していない7時でしたが土手からごぞごぞという音がしました。
なにやら人影が見えたので恐る恐る土手の林に入ってみると西山先生が切り株の椅子に座っていました。
「おお,おはよう大谷ちゃん。」
「先生,こんな朝早く何してるんですか?」
「ここが俺は好きでね。ぼーーとこの林の中を見てるといろんなことに気が付くんよ。」
「へーーそうなんですか。」
「草の種類が変わってきたの分かる?」
「え、??」
「まあ,学級と一緒でね。たまにぼーーと全体を見ると見えるものもあるんよ。2,3週間かな。そしたらまたここに来てみんね。大谷ちゃんも忙しそうやけん無理かな。はははは。」
『学び合い』は順調で,鈴木さんは天真爛漫さを発揮してどんどん友達の輪を広げていってくれます。そして,そんな仲間をスクランブルして,どんどん輪を広げてくれます。
鈴木さんの一番素晴らしいところは「おじゃましまーーす。」といっていろんなグループに入って行って,笑顔で友達に一緒に学習した人のいいところや発見したことを話してくれていました。それを聞いてクラス全体がどんどん新しい仲間を見つけていっていたのでしった。
最近では,課題を出すと教室の後ろに立ってにこにこしながらみんなの様子を見るようになりました。この,幸せそうに学習に没頭するみんなを見ていると幸せを感じまました。
でも,ボーと見ていてふと気が付いたことがありました。鈴木さんたちの良さに目を奪われていましたが,実は、目立たずこっそり一人でやっている子がいたのです。この子は,休み時間には,怖い話を突然し出したり,「これは,どんな人も封じ込める呪いの札なの。」とか言いながら,筆ペンで書いた紙を近くの人に見せたり,あとは,ずっと一人で絵を描いたりしている子でした。そうやって見ていると急にこの福島 由美のことが心配で仕方なくなりました。ある日,調べものをしようと昼休みに図書室に行くと,由美は本を一人で読んでいました。
それからは,『学び合い』の時に,由美をよく見るようになりました。よく見ると,算数も社会も,いつも一人でやっていました。最後に残るわけでも,早く終わって誰かに教えるでもなく,普通に終わって,なんとなく一人で,そして時間になるという学習時間の過ごし方をしていました。気になると,由美ばかり目につくようになりました。『今日も一人でやってる。』そう思う日が続きました。『きっと一人でやるのが好きな子なんだ。』と思おうとしたり,『課題はちゃんと終わってるし,まあいいのかな。』と思おうとしたり。そんな,数日が続きました。
私は,心をこめて語ります。「みんなを目指してね。一人も見捨てないでね。周りをもっと見てね。一人を作ったら,悲しいクラスになるよ。そんなクラスじゃみんないやだろ。」そう語っていました。一言も名前は出していませんでしたが,いつも心に思っていたのは由美のことでした。
いつの間にか教室の暑さは和らぎ窓からさわやかな秋風が入ってくる季節になりました。そんなある日,菊池さんという本当に目立たない普通の女の子が昼休みに僕に突然話しかけてきました。教室には,菊池さんと友達の鈴木さんしかいません。そんな二人が僕のところにやってきて話し始めたんです。
「先生,由美のこと気になってますか?」
「え・・」
「先生,由美ね,ずっといじめられてたの。」
僕は,この言葉にびっくりし丸付けをする手を止めました。
「え?だれに?」
「男子みんなかな、2年生の時ぐらいから,3年の時も4年の時は,女子も入ってた・・」
今まで全く気が付かなかった自分を恥じました。そして,同時にこの子たちも由美のことを心配してくれていたんだと思い,その思いの深さに「ありがとう。」と二人に言いました。
毎時間気がかりなのは由美のことになり,僕は自問自答を繰り返しました。
『 『学び合い』は,子どもが自分から仲間を探しつながっていくんだろ。』
『先生がつなげたって,そんなつながりじゃダメなんだろ。』
『いつまでたっても,一人じゃないか。』
みんなをほめながらも,心は由美を心配する気持ちでいっぱいでした。
ある,社会の時間にとうとう私は言ってしまいました。
由美さんのそばに行ってそっと言いました。
「由美,もう大丈夫だよ。誰かと一緒にしてみるといいよ。」
そういうと,近くにいた中島涼子がすぐに笑顔いっぱいで「おいで。」と言ってくれました。
由美は小さくうなずき,中島さんと菊池さんと一緒に勉強を始めたのです。
秋の少し優しくなった日差しが教室に差し込んできていました。その光に包まれ,3人で学習をしています。きっと,みんなが由美のことを心配していたんだと思いました。きっとみんな心配だけど「一緒にしよ。」の一言に迷っていたんだと思えました。
涙は、どんどん流れてきます。
そんな私にクラスのみんなが気が付いています。でも,だれも冷やかしたりしないんです。きっと,私が,由美を心配で心配で仕方なかったことをきっととわかっていてくれてたんだと思えました。そう思えるとまた涙が流れました。
9月に入り2週目の学年会で岡崎先生が話されました。
「6年生にとって最大の行事は修学旅行だと思うんよ。親元を離れて生活する1泊2日の宿泊行事。この体験が終わった時、仲間との絆が一段と深まるような取り組みにしたいよね。」
「なるほどですね。」
「大谷先生はまだ3年目やけど準備とかしっかりやってちょうだいね。」
「はい,わかりました。」
「それでさ,今年はハウステンボスに行くでしょう。それで自転車で回らせたらどうかとおもってるんだよね。そしたら,活動班のメンバーが互いを思いやって、「一人も置いていかない」サイクリングになったらまた成長すると思うんよ。」
「いいですね。岡崎先生。なんかみんなの笑顔が目に浮かびます。」
「じゃあ決定ね。計画表のその所は私が作ってるから,安全対策のところ大谷先生が作ってね。」
「はい,分かりました。」
数日して,由美さんが涼子を連れて昼休みに話しかけてきました。
「先生,涼子自転車持ってなくて。」
「へーそうなんだ。」
「中島さんの家,高台の上にあるでしょ。」
「うん,家庭訪問の時大変やったもんね。汗びっしょりだったわ。」
「だから,自転車持ってないし,乗れないって昨日私に相談してくれたんです。」
「え!!乗れないの。」
涼子は,困った顔でうなづきました。
「おばあちゃんちで練習します。」
と明るく言ってくれたのが救いでした。
それからは,放課後由美さんが付き添って練習を始めたようでした。でもとても,あと2週間で乗れそうにないとこっそり由美は話してくれました。
次の日の放課後由美と涼子を呼んで話しました。
「中島さん,ハウステンボスの人に聞いたらね二人乗りの自転車があるんだって,それで回ろうか?」
中島さんは「はい。」としかたなさそうに答えてくれました。
今日の学級会は修学旅行のめあてについて考える日でした。「1人も見捨てない修学旅行にしたいです。だから、中島さんが自転車に乗れるようにみんなでいっしょに取り組みたいです。」鈴木さんがきっぱりとみんなに言いました。
私は,この話し合いの方向で本当に丈夫だろうかと思ってしまいました。
勇次が「じゃ、実行委員を作ろう。」と言いました。
「二つの班に分かれて1日交代で取り組もう。」と、話しはトントンと進んでいきました。
中島さんは自信がなさそうで不安でいっぱいの顔でした。止めるべきかみんなを信じるべきかもっと中島さんを傷つけることに・・・・
いろんな思いでいっぱいでした。
でも,子どもたちの会議はどんどん進んでいきました。
「自転車は私のを使っていいです。ついこの前買い直したので一台余っているから。」真理亜さんがうれしそうに言います。きっと仲間のためにできることがうれしんだと思いました。結局ぼくがしたことは校長先生に自転車の練習のために運動場を使用する許可をもらったことだけでした。
それからの3週間。雨の日以外は毎日、涼子の特訓が始まりました。かつて自分たちが教えてもらったやり方を出し合いあれやこれやと話し合いながらの練習の毎日でした。
毎回、自転車本体が見えなくなるくらいの人だかりです。
「先生1メートル進めました。」
「やったー3メートルになったね。」
「先生涼子こけたけど、笑ってましたよ。」
「今日ね,先生10メートルはいけましたよ。」
「あとはカーブとブレーキやね。」
「できるよ絶対できる。」
そんな報告を毎日実行委員の子どもたちがまいにちニコニコして報告してくれました。後ろの黒板には由美さんが作った「涼子の自転車コーナー」ができ、日々の進歩がみんなにもわかるように工夫してありました。
「先生、昼休み運動場来たほうがいいよ。今日はいけそうな気がするっちゃんね。」
そう言ったのは実行委員長を買って出た勇次でした。
由美もあのころ見たこともない笑顔で
「先生,来てくださいね。絶対来てください。」
『由美さんは今,人との関りを学んでいる。この3年間のことを取り返すようにいっぱい学んでいる。』そう思えました。
毎日中島さんの自転車練習につきそい、自転車コーナーに経過をしるしてくれていたのも由美さんでした。
「昨日はカーブの時にこけたんですが、その時、全然怖がってなかったからです。だから、今日はカーブもいけるんじゃないかと思います。」
「由美さんがそう言うなら、きっとうまくいくと思うよ。」
会話を聞いていた涼子の表情が心なしかきりりと引き締まっています。いつものように自転車置き場から運動場に自転車を押してきました。中島さんがまたがります。いつの間にか自転車置き場の前にはクラスの全員がいました。
「がんばれ」
「大丈夫、いける」
「身体をまっすぐしてね。」
「思い切り、ぐんとこいでみて。」
周りの声にひとつずつうなずきかえして、涼子がペダルをぐん、と踏みました。ふらふらしながらも、反対の足で、また、ぐんとふみます。まわりにはクラスの子供たちがすずなりです。マラソンの沿道のファンのように、
「いけー!」
「だいじょうぶ、」
「ビビるなー」
「信じて!」
と口々に声をかけています。運動場の端まで進みました。さぁ、カーブです。いつも、ここで、こけてしまうのです。ふらふらっと、ハンドルをきる涼子。声援がひときわ大きくなります。大きく大きくカーブして、態勢を立て直すとこんどは、反対の端まで。
校長先生と約束していたエリアからはみ出し、他の学年のドッジボールコートの真ん中をつっきり、それでも、転びません。背筋がピンと伸び、瞳は輝いています。キキーッとブレーキをかけ、一度も転ぶことなく停止することができました。
「やった。」
「すごい!!」
小躍りしているのは周りの子どもたちです。まるで自分のことのように喜んでいます。
遠くの学校の玄関から校長先生がこちらを見られていました。そして大きく手を振っておられました。
本番の修学旅行では,一度は、はでにこけて班のみんなが心配したけど、本人は笑っていたそうです。
修学旅行が終わり数日後の道徳の時間に「愛着」をテーマにして学習をしました。そして最後に「愛着」をテーマに短い作文を書いてもらいました。
「僕は,バスケットボールに愛着があります。一年生からずっとミニバスチームで僕と一緒に頑張っているからです。」
バスケット命の吉田くんでした。
「私は,このクラスのみんなが好きです。みんながみんなを思っているからです。」
大坪くんの作文でした。
勇次はこんなこと書いていました。
「先生や学級の友達に愛着を持つのは、自分が必要とされた時に愛の心を持つと思います。今は、必要とされなくても必ず必要とされることが人生の中でやってくると思います。」
ちょっとテーマと違うような気がするけど素敵な文です。
鈴木さんは
「みんな,幸せです。先生みんなに愛着あるでしょ~LOVE!」
ふざけてるけど図星です。
涼子は
「真理亜さんに自転車もらいました。一生の宝物にします。みんなの気持ちがいっぱい詰まった自転車だから。」
そして,由美はこんなことを書いていました。
「私にとってここの学校は、もう一つの家です。なぜならここにはたくさんの仲間がいるし、私にとってはここにいる仲間が大切な存在だらかです。わたしにとってここの学校と仲間はとても大切な家族です。」
いつも,教えられてばかりだった中村くんは、
「ぼくは、自分が必要とされた時、とてもうれしいです。だから、みんなも必要とされたらうれしいと思います。私たちは、みんなに必要とされるから、とてもうれしいです。」
『僕らは、みんなに必要とされているんだね。』
放課後そんな作文を読んでいたら,西山先生が言っていた土手のことが気になったので帰りに寄ってみました。
土手には,一面に彼岸花が咲いていました。
寄り添うように,励まし合うように・・・・
「みんなを先生は,もっともっと信じます。」・・・・・
「ありがとう。」
これが9月の出来事でした。