8月の物語 学習会へ
テレビで台風15号の進路予報図が映し出され,リポーターが各地の様子をしきりに放送していました。そんな夜に突然岡崎先生から電話がありました。
「ねえ,大谷ちゃん,『学び合い』の学習会しない?」
「えっ,なんですか?知り合いの教育の講演をされている先生が『学び合い』のこと知っておられてね。福永先生っていうんだけど,知ってる?」
「あ,いやー」
「そう,有名な方なんだよ。一人芝居とかもされてて,でその方が学習会をうちでしたらいいよと言ってくれてるのよ。」
「いつですか?」
「来週の・・・・」
「え?なんか台風のせいですかね。聞こえにくいんですけど。」
私は,締め切った雨戸がガタガタと揺れる音の聞こえる私のアパートで聞いていました。
「分かった,じゃあやるよ。」
「あ,はい。えーーと」
「詳しくは,また電話するからね。」
岡崎先生の行動力には,敬服します。この台風の中話す話じゃないような気もしたけど・・
時々襲ってくる大風にアパートが揺れ始めました。
晩御飯の即席ラーメンを食べてるとまた電話です。
「もしもし,大谷くん。」
「はい,何ですか大家さん。」
大きな声で大家さんが話されていました。
「テレビ!テレビ見れる?」
「ちょっと待ってください。えーっと、はい見れますよ。」
テレビでは,台風の中心がほぼ福岡の真上にある天気図が写っていました。
「うちのはうつんなくなったの,ねえ。大谷くん見に来てよ。」
えーー,この台風の中いくのか?そう思いましたが,いつも私が子供たちに言っている言葉が自分に戻ってきました。
「困っている人がいたら,見捨てたらいかんよ。そんな誰一人見捨てん世界を作るのがこのクラスやけんね。」だから,大家さんを見捨てるわけにはいかないのです。それに,慣れない福岡で一人暮らしを始めた私を,何かと気にかけてくれる大家さんだからと思いアパートの隣に建つ一軒家の大家さんの家に行きました。
台風の風で,傘は使えないので濡れてもいいやと思い出かけました。
「こんばんは,テレビダメなんですか?」
「ねえ,こっちこっち。ほらねザーザーいうばっかりでさ。」
私は,一通りチャンネルを変えて見たり,裏の配線を見てたりしましたが原因はわかりませんでした。
そうか,もしかしたらアンテナが台風で傾いたりしてるかも,と思い
「アンテナはどこですか?」と聞きました。
「え、アンテナ・・・わからんね。」
「たぶん,屋根についてるから見てみますね。二階に上がっていいですか?」
「どうぞ」
「階段を上がって右の部屋のベランダからなら屋根が見えると思うけど・・」
私は恐る恐る台風で揺れる家を登っていきました。
右の部屋のドアを開けると水浸しになっていました。
「ねえ、屋根見えた。」
「いえーーみえませんーー」
「ベランダから出て・・・・」
「大家さん!!!!!
「なに??!」
「屋根が,ありません!!!」
「えーー!!」
屋根は,二階のその部屋の部分だけ吹き飛んでいました。
ベランダに出ると,アパートと大家さんの家の間にスレートと一緒に落ち,そこに折れ曲がったアンテナも一緒についていました。
それからは,ブルーシートで部屋を覆ったり,その部屋の入口が壊れないように釘で固定したり大変な一晩になりました。
次の日曜日に岡崎先生から教わった地図を頼りに『学び合い』の学習会に参加しました。
もともと,知らない人と話すのは苦手だし,きっとすごいオーラのある人が集まって,すごい難しい話をするんだろうし・・・あんまりわくわく気分ではありませんでしたが私のやっている『学び合い』をしている人と話せるなら,これからの自分の学級の『学び合い』のヒントになることがあるのならと思い出かけました。
『子ども学び館』という看板がかかり,きっと子どもたちが描いたであろう絵が飾ってあるガラス張りの家に着きました。中では5,6人の人がもうわいわいと話をされています。その中に岡崎先生もおられました。
見慣れぬ場所と雰囲気に緊張し、部屋を見渡していると、館長の福永さんが声をかけてこられました。
「あなたも『学び合い』やってるの?いいでしょ~?『学び合い』」
「ええ、4月からなんですが…」
やっぱりここにいる人たちは『学び合い』を知っているんだ…。
実は、「スタートブック」で読んで『学び合い』を始めたものの、周りに『学び合い』をしている人は少ないし、これでいいんだろうかといつも試行錯誤の毎日でしたから,孤独感と不安感がいつもあったようにも思っていました。
そんな私に優しい笑顔で福永先生は話していただきました。
「福岡も広まってきたよね。ほら,あの人がもう8年くらい前からされている村中先生,こちらの人は,鹿児島でされている先生,あのあなたと同じくらいの人は,佐賀で教育実習をされててそこで出会ったらしいのよね。」
どの方も笑顔いっぱいでクラスの出来事を話されていました。
突然岡崎先生がみんなに向かって言われました。
「では,第一回福岡『学び合い』を学ぶ会を始めたいと思います。椅子を今日は丸くして話しましょう。」
簡単な自己紹介が終わって,岡崎先生が言われました。
「では,ここからは『学び合い』で行きましょう。みんなが同じ『学び合い』に出会い,同じ誰一人見捨てないという理念で学級経営をしている同志に出会えたことを,うれしく思える時間にみんなでしてください。はいどーぞ。」
みんなが,各クラスでいっている「はいどーぞ」を言われ,笑顔になりました。すぐに近くの人とみんな話が始まりました。
「傑くんっていう子がさ~、QUテストで 1人だけポツンと「要支援群」にいたとよ~。最初はどうかなーって思っとったけど『学び合い』で少しずつ成長していったとよね~。やっぱり子どもたちの力はすごいわ~。」と岡崎先生が若い先生に話されていました。
「うちなんて、学力がかなり厳しかったんだけど、みんな少しずつできるようになってきたんよ~。まだまだ頑張らないかんけど、やっぱ『学び合い』いいわ~」
村中先生も自分の学級の話をされたり,困っている話をされた時には,ぐっと考えて答えのヒントをくれたりしました。
どうやら、話を聞いていると、自分のクラスで感じている、子どもたちの変化や、成長、「子どもたちすごいな」という思い。どれも似ているんじゃないかと思えました。
もしかしたら、僕の『学び合い』間違ってなかったかも…そんな安心感を感じ始めていました。
不思議なものです。世代も経験も全く違うはずで今日会ったばかりなのに、それぞれのクラスの『学び合い』を共有し合えている空間に私はいました。自分の話をしているわけではないのに、自分の『学び合い』をみんなが認め,共感してくれていました。
話がひと段落すると、村中先生が真剣な顔つきで話しはじめました。
「本を作りたいんだ。『学び合い』の感動本。俺たちの『学び合い』の感動話を1つにまとめるんだよ」突然の話になんのことかわかりませんでした。
たぶん,『学び合い』の本を自分たちで作ろうとおっしゃったのでしょう。あまりにも突然の話に驚いてしまいました。「本」といえば、○○実践に精通している人ただとか、TV出演するような、大物教師だったりとか…自分には全く無縁というか、雲の上の話すぎて、考えたこともなかったからです。でも話を聞いていると、村中先生は本気でした。
「俺にとって『学び合い』は大切な宝物なんよ。悩んで行き詰ってどうしようもない時に見えた希望の光なんよ。だけんね。なんか方法論とかで広まってほしく無いちゃんね。心でよ。心と心で広がってほしいんよ。あの頃の俺みたいに,悩んで苦しんでもがいてる先生がいっぱいおると思うちゃんね。そんな人たちの希望の光の本をよ。出したいんよ。でも一人じゃあ無理やけんが,みんなでやりたいんよ。絶対できるとおもうちゃん。希望の光をさ,れいおぶほーぷちゃうやつをさ。だけん,書いてみらんね。」
「え!僕がですか。」
今日初めて会った僕にまで執筆したらどうだ、という話までされました。
「いや、僕はみなさんのような、すばらしい「感動話」なんてありませんから・・・」
自分のクラスのことを認めていただきクラスで起きていることにこんなベテランの先生が共感していただき,でも本を書くなんて大それたことが私にできるとは思えませんでした。
「そんなことなかろー。さっき話していた、ともくんの話だっけ、それ十分な感動話やろ!それを書けばいいやない。あなたが、感動した話でいいとよ。」
と、村中先生が笑顔いっぱいで話されました。
確かに、『学び合い』を始めて,今までの僕では感じないものをたくさん子どもたちに感じてきたような気がします。自分の人生は,淡々と過ぎていくものだと思っていたら,毎日の子どもたちの紡ぎだすドラマに感動し,誰かにこの事実を伝えたいと思い,今日もこの会でこんなに話したのだと気が付きました。
誰かが,紙コップで登場人物の人形を作り始めます。とっても絵の上手な岡崎先生の娘さんらしく
「よし,気合い入れ行こう!」そう言われて,長い髪を後ろでぎゅっと結んで,ペンを握りしめ描き始めました。
「じゃあ,村中先生のクラスの引っ込み思案の子はこんなかんじでいいですか?」といわれて,数体の人形を作り上げていました。
人形たちは,みんなのクラスの子供たちです。そんな子供たちが笑っていました。
会が終わったのはもうすぐ10時になりそうな時間でした。4時間も話していたことになります。外に出ると,空に星が出ていました。生温かい風にあたりながら今日の話のことを一人で考えていました。『学び合い』に出会って3カ月。
教師として生きていく喜びを本気で感じていました。そして「仲間」との出会いが今日ありました。初めての人とこんなに話した自分に驚き,分かり合える喜びを知りました。きっとこんな気持ちでクラスのみんなもいてくれていると思うとますます幸せでした。そしてふと、今日の話から自分の好きな明治維新のことを考えたのです。『坂本竜馬など、かの有名な幕末の志士たちは、新しい世の中を作るために奔走し、語り合い,彼らは最初孤独で、変わったことを言う個人個人だったが、それが集団となり、時代を変える勢いとなり、本当に武士の時代を終わらせ、明治という時代を作った。』
「俺たちは,でっかい組織なんかじゃないけど,今は,ただの浪人だけど・・・・」
「もしかしたら、『学び合い』は、教育界、いや、この世の中を変えるかもしれない」
普段、担任として自分のクラスだけのことしか考えられていなかった自分が、こんな壮大なことを考えるなんて…。一人でバス停まで行く途中笑顔でそんなことを考えていました。
『スキップしてーーー。』
そうだ、夏休み明けに、子どもたちに本のことを話してみよう。なんていうだろう…。子どもたちの驚く表情が目に浮かびました。
「先生さ、みんなの『学び合い』を本にしようと思うんよ。すごくない?このクラスの出来事が本になっていろいろな人が読むんだ!」
「えええーすげえええ!!」
真夏の夜空を見ながら、 子どもたちの前で話していることを想像し,一人で歩いていました。星はそう多くは見えなかったけど、子どもたちの笑顔を想像すると、なぜかそれらが輝いているようでした。
角の駐車場に止めてあった車のエンジンがかかり,助手席の窓が開きました。岡崎先生の娘さんです。
「大谷先生,一人でなに笑ってたんですか? さよならーー!」
「さよなら・・・」
『げーー見られてた・・・・・』
アパートにつくとドアノブにビニール袋が下がっていました。
小さなメモに「人には親切にするものです。この前ありがとうね。カレー食べてね。福岡の母より」
今夜は大家さんの最高にうまいカレーです。
これが8月の出来事でした。